三五夜の秋の特別茶会「白洲正子によせて」が本日無事に終了しました。当初は今年5月の予定のところ、コロナ禍でやむなく延期としましたが、心待ちにしていてくださった皆様が本当に多くお越しくださいました。
席主である名古屋の古橋尚先生のお人柄からか、どのお席も始終笑いの絶えないお席となりました。そんな席中でも白洲正子と交流のあった古橋先生からお聞きできる白洲正子とのエピソードに皆様お話しに釘付けとなり、必死でメモを取られる方もいらっしゃたりと通常のお茶会とはまた違う緊張感もあるお茶会となりました。
そもそもこの白洲正子茶会は古橋先生が以前、白洲正子氏宛てに送った手紙に白洲さんが御礼の書状が返って来たことが始まりです。その書状を軸に誂えなおし今回の本席の床に掛けて、古橋先生が魅了された白洲正子の思想をもっと多くの人に知ってもらいたいとの思いがこもっています。なお、このお軸は白洲正子の随筆集『道』にもカラーで掲載されていますので、よかったら本も読んでみて下さい。
白洲正子は現代茶道には批判的であり形式や格式に凝り固まった中身の無い価値観に立ち向かった方です。自身は薩摩の武士の出で、戊辰戦争や日清戦役の勲功華族の家に生まれ生涯その事を誇りに思いつつ、その後太平洋戦争によって欧米諸国の圧倒的物量に叩きのめされ自信を失い徹底的な欧米化を目指した戦後日本社会を横目に見ながら(政治的にはそれを推進した吉田茂のブレーンが旦那であった白洲次郎であったことも興味深いですね)、日本には誇るべき文化・まだ知られていない美意識や価値観があることを自らの足と目で実際に見て評価していった信念の人でした。古橋先生のお話の中でもあったようにそれは不完全な物に宿る美を見つけたり、ある違うものを見つつもその本質を遠くに感じる心を持つという日本人特有の美意識を知ってもらう魁(さきがけ)となった人です。たとえば、今回の本席の花は山独活(ヤマウド)の花実でした。本来なら食べるものの草木を茶花として生けるのは、茶道の流派ではタブーとされているところもあります。しかし、ここでそれを言ってしまうともうその時点で白洲正子の世界には辿り着けなくなります。もちろん、三五夜の茶会には表千家教授の堂後宗邑( @kibunegiku1008 )先生が監修に入っておりますのでそんな事は重々承知ですが、美とは何かを考えそれを”佳し”とするところにこそ、この白洲正子茶会の意義そのものだったとおもいます。本席の茶花はその様な意味でも非常この茶会を象徴するものであり、山野草だけに四日間持つかなとずっと思っておりましたが、この茶会に来られる方全員に見てもらいたいと思い、毎日席が終わると花入から外し、水切りをし深水に浸けておく事によって最後まで持たせる事ができました。
また、待合の古橋先生の掛花入に生けた紫蘭の実は会記にいうところの季のものとは異なると思われるがちですが、その実と破れたた葉を見て花盛りの頃と想う時空を越えた美を感じれる日本人の美意識を現したものてした。また蘭は君子の花ともいい孤高の先駆者白洲正子の姿勢とも重なります。今回ほど花が持つ意味を感じた茶会はなかったと思います。
主菓子は古橋先生からご提案のあったデザインを奈良の有名和菓子店「萬々堂道則」さんに特別に作って頂いた薯蕷饅頭。先端を少し丸みを鋭くした楕円形は楽器の琵琶を想定しています。そこに黄色い餡を真ん中より少し上にのせて、波頭の立つ白波の焼き印、黄色い餡は月にも見えますし、位置的には琵琶湖に浮かぶ竹生島にも見えます。銘も古橋先生が考案されて『淡海(あふみ)』としました。
お干菓子に関しては、「やなぎのにわ京菓子店」( @yana_niwa )さんに白洲正子茶会特製のお菓子を作っていただきましたが、それも始まりはその背景にある干菓子盆にありました。この板目の古板は古橋先生の旧宅の天井板を先生自らが桜の花弁を蒔絵し作られたものですが、この板から「 やなぎのにわ京菓子店 」江見智彦さんがインスピレーションを得、春の月夜に白波立つ湖面を兎が飛び跳ねるというまさに、能「竹生島」の一場面を表すかのようなお菓子を作ってくださいました。その美意識の高さをお菓子に仕立ててくださった「やなぎのにわ京菓子店」の江見智彦さん・三島葉子さん本当にありがとうございました。「やなぎのみわ京菓子店」さんは、今はインターネット販売を主に活動されていますが、2022年春を目指して実店舗も構える準備をされています。また、その時がきましたら、こちらのブログでも紹介したいと思います。江見さんには会期の前半2日間お点前もしていただいたのですが、その美しいお点前に皆さん魅了されておりました。濃茶と薄茶どちらもお点前してくださいましたが、濃茶のお練り加減もよく皆さん大変満足されたようでした。
第三日目には、古橋先生の名古屋のご友人である華道家の小川珊鶴先生もお越しになり、小川先生の興味深いお話またさまざまな著名人とも交流もある小川先生ならではのエピソード、また古橋先生との丁々発止のやり取りにそのお席に入られたお客様は大層お得感wのあるお席となりました。
そして迎えた最終日、第三席には私の雅楽仲間で先達の、篳篥奏者雑喉さん( @zakouya_bunuemom )が龍笛奏者のH様とお越しくださり、能「竹生島」でも龍神様と弁天様が出現される時に奏でられる雅楽を最後の閉めに演奏してくださいました。題は壱越調「春鶯囀」。コロナ禍でほぼ2年様々な思いをしてきた中で、来季の春は心起きなく鶯の初音を聞きたいなと願いつつ最終席に参席された方々、主客全員で耳を澄ませて聴きました。
この茶会は三五夜の3周年の一大エポックとなりました。三五夜に集う皆様は共に美を愛し、それに共感してお越しくださいます。どの方も今回の茶会をそれぞれの美の目線で捉えて日常に戻られました。日本発祥の地大和の国の奈良の地で、三五夜という何の店だか説明つけれない隠れ里を入り込んで、美のアンテナを研ぎ澄ませていただければ幸いです。
今回お越しくださりました皆様、はるばる名古屋からその膨大なコレクションの一部をお待ちくださいました古橋尚先生、監修の堂後宗邑先生、また陰日向となりお手伝いくださいました、京都の「やなぎのにわ京菓子店」江見様・三島様、堂後茶道教室のM( @toyonoakari )様、S様、E様、茶筅の里として名高い大和国高山にお住まいで、ほぼ毎日草花の様子を見に来てくださいました @otakekuyo 様、この茶会のために特別に白洲正子も訪れたという奈良東部山間部の塔の森の近くの日吉神社の湧水を運んくださいました、@nekoanazuki 様、古橋先生のお友達で名古屋から駆けつけてくださいました華道家の小川珊鶴先生、また大勢のご協力してくださいました皆様、この度は本当にありがとうございました。重ねて重ねて御礼申し上げます。
また9月25日付の奈良新聞の社会面第二頁の右上に、この茶会の事を掲載していただきました。奈良新聞社様ありがとうございます。
三五夜店主 黒田久義深謝